春秋謳歌

第65回 鮒(フナ)の温度計

第65回 鮒(フナ)の温度計

 酒造りにおいて温度管理は極めて重要である。麹菌や酵母には耐えられる温度の限界がある。生き物だから温度が高すぎると死んでしまう。快適な温度とギリギリの温度では微生物の作り出すものが異なる。ある時は愛情たっぷりの快適な温度で、ある段階では過酷な試練を与えて微妙な味わいを作り出すのが杜氏の腕である。そのため現在では温度計や醪の分析が欠かせない。熟練杜氏は、麹や醪の中に手を入れて温度を感じ、ニオイを嗅いで、あるいは口に含んで出来具合を確かめている。

 醪や麹は手を入れたり口に含んだりできるが、蒸留の冷却水となるとそうはいかない。熱湯を口に含むわけにはいかないのである。蒸留酒である焼酎造りにとって蒸留は最後の関所である。現在は蒸留液の垂れ口に温度計を入れて、所定の温度になるように冷却水供給の調節を行っている。だが、温度計のない古式蒸留器の時代、どのようにして温度を調整していたのだろうか。カブト釜式と呼ばれる蒸留器では上の冷却鍋の温度が上がってくると冷たい水を加えて調整していた。だが、薩摩以南で広く使われていたツブロ式では冷却水の入ったコシキの底部が冷たく、上部が熱くなる構造になっているので中の温度が分からない。経験と勘で冷水を注いでいたと思われるが、その昔、素晴らしい知恵があったことを知って感心した。

鮒の温度計イラスト

 日本統治前の台湾では、蒸留器は法主頭(ハウシントウ)と呼ばれ、薩摩の古式蒸留器であるツブロ式と同じものが使われていた。そこでは、なんと温度計代わりに鮒(フナ)が使われていた。コシキ上部から湯気が立ち上っていても、底の方は冷たいので鮒は生きている。可哀そうに鮒が死んで浮き上がってくると、底が熱くなってきた証拠ということになるので、鮒が浮き上がらないように常に水を注いでやる必要がある。

 なんとも素晴らしい知恵である。酒質の優劣を決めていたのが鮒への愛情だったとは!台湾原住民に脱帽!

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